りゅーらさんからもらったお題で書くSS 紡時レギ主「汗」

湖しか見たことの無かった自分にとっては、川ですら新鮮であったのに、今や海を目の前にしている。ブーツを脱いで砂浜に足を乗せると、熱された砂の余りの熱さに驚いて飛び跳ねた。
「あっつ…!」
思わず足の裏を見る。火傷でもしてしまったのではないかと心配したが、思ったより足の裏の皮膚は頑丈で何も変わった様子は無かった。
「海に入るつもりですか?」
上から降ってくる声がレギウスの物だとわかっていたので、首を反らして桟橋の上の黒い影を見上げた。
「うん。せっかくだし」
「今日は熱いですね。少し我慢して走り抜ければ海はすぐですよ」
「…レギウスは?」
「はい?」
「ここまで来て、僕を見に来ただけ?」
「はい。あなたが外へ行くのを見つけたので」
「そうか…」
別に彼は共に海に入りに来たわけではないのだ。後を追ってきたのだから幼馴染たちのように共に楽しんでくれるのだとばかり思ってしまっていた。残念だが、彼は大人だし、追いかけてきてくれただけでも喜ぶべきだろう。
「レギウスが見てるうちに海に挑戦してみるよ」
残念そうな表情を見せないようにわざと明るく言って、灼熱の砂浜の上へと駆け出した。熱せられるトウモロコシになった気分とはこういうものを言うのだろうか、足を乗せてはすぐに上げる、を繰り返して飛び跳ねながら押したり引いたりを繰り返す青色の液体へと近づく。ばしゃり、足を海に突っ込むと思ったよりも温かった。
「どうですか?」
両足を海に浸していると、背中に彼の声が投げかけられる。振り返って、
「なんだか温いね」
と返せば、彼はいつもの仏頂面を少し崩して苦笑のような笑みを見せた。
「砂浜から熱が伝わって温められているのかもしれませんね」
濡れた足でぺたぺたと砂浜の上を歩いて彼の真下に戻ると、桟橋の端に立った彼は屈んでこちらを見下ろしてくる。汗で頬に張り付いた長い黒髪が、黒い服の隙間から見える男らしい首に流れる一筋の汗が、いつもは感じさせない大人の男らしさを際立たせている。
「どうしました?」
「あ、ううん、レギウスって大人だなと思って――」
そう言うと彼は何だか微妙な表情をした。少し考えた後、彼はひょいと桟橋から砂浜に飛び降りてきた。
「夜なら海の水も冷たいと思います。また来てはどうですか。…私も一緒に入りますから」
「え?」
どうやら、大人だなという表現が誤解を招いたらしい。いや、嬉しい誤解なのではあるが。
「いいのかい?」
「ええ。夜ならば誰も見てないでしょう」
「?」
「さあ、ここにいては干上がってしまいます。戻りましょう」
彼の汗ばんだ手が、布を巻いていない腕に触れる。
(ああ、レギウスもこの暑さじゃ熱いんだなあ…平気そうな顔してるけど)
男らしい骨ばった手はしっとりと湿っていて、新鮮な気分を味わってしまった。
(雪山でも、砂漠でも大丈夫そうな顔してたけど、レギウスも人間だもんね)
なんだか楽しそうですね、彼はそう問いかけてきた。
「まあね」
夜の海に入る約束のことだけだと思われてるだろうけどそれだけじゃない、珍しいレギウスが見られたから…なんて、口には出せなかった。
「ありがとう、レギウス」
礼を言われても彼はなんのことだかわからないだろう。
「はい?」
ほら、目を丸くしている。
しかし、ふっと優しい笑みを浮かべて「ありがとうございます」と言われるとは思いもしなくて、礼を言い合っただけなのに妙に恥ずかしくなってしまった。 (終)