とらわれる

「弁慶さんがこの世界に残ってくれるなんて…夢みたい」
「僕こそ、夢の中に居るみたいです。君の側に居ることが出来て、しかも君に手を取ってもらえるなんて」
「べ、弁慶さんが手を握っていて下さいって言ったんですよっ」

望美は恥ずかしくなって顔を背けた。
弁慶は微笑んで穏やかに言葉を紡ぐ。

「将臣くんから、妹を嫁に出すような気分だと言われてしまいました」
「将臣くんったら…!」
「ふふ、でも事実ですよね」

立ち止まり、望美の頬に空いた手を添える。

「望美さん。君は、記憶を無くしながらも僕を選んでくれましたね。クリスマス、僕以外も君と過ごしたいと思っていたに違いないのに」
「私は弁慶さんと過ごせたらいいなって、思ってましたよ」
「嬉しいな。良ければあの時の話をもっと聞かせてほしいんですが…」
「あの時って、クリスマスイヴですか?」
「ええ」

将臣たちがゲームをしようと言い、片付けを嫌うヒノエ等が将臣と遊びだす頃、弁慶と望美は将臣とヒノエの尻拭いをするような立場で洗い物に徹していたのだった。
二人きりで洗い物をしていたら誰かが割り込んできそうなものであったが、思ったよりゲームや酒盛りに熱中していたらしい。
なにより、弁慶の周到な作戦があったとしてもヒノエが割り込むのが常であるのに、今回ヒノエは洗い物を嫌がった結果望美と過ごす機会を失ったのである。
ちなみに、元々望美の行動を邪魔するはずもないリズ達は、景時が買ってきたこの世界の酒を飲み比べしていた。

「弁慶さんと少しでも話せたらな〜って思って、皿洗いを手伝ったんです」
「僕の思い込みかもしれないと思う部分もありましたが、君がクリスマスプレゼントに何か欲しいかと聞いてくれたのが気になっていまして」
「で、でも私あの時はまさか弁慶さんと二人でクリスマスイヴを過ごせるなんて思わなくて。プレゼントしそびれちゃいました」
「僕にとっては、特別な時間を君と二人だけで過ごせたことが何よりのプレゼントでしたよ。今何かプレゼントが欲しいか聞かれたら、臆面なく、君と二人で過ごす時間が欲しいと言えますね」
「もう、弁慶さんったら…」
「僕にしては珍しいことなんですよ。一人の女性にこんなに執着するなんて。自分の命は惜しくないけれど、君のことは惜しいんです。君が許してくれたからには、僕はもう君を離しません。これからずっと」
「私もずっと弁慶さんの側に居ます。もし弁慶さんが京に帰りたくなったら、私も付いていきますから」
「何を言ってるんですか。僕は世界はどこでもいいんです。君が居れば。君が僕の全てなのだから。君が居なければ僕が生きる意味も場所もありません」

(こ、これって凄い告白だよね…!弁慶さんってば…)

「ふふ、僕がこんなに重たいことを言っても君は嫌だと言わないんですね」
「嬉しいんですよ。嫌なんて言うはずないじゃないですか。私が嫌って言ったのは…弁慶さんが迷宮に行くのに私を置いてこうとした時だけです。もうどこに行くのも私を置いてかないでくださいね!」
「あれは君を傷つけまいと選んだ手段でした。しかし…物理的に君を守ることは出来ても、精神的に君を傷つけてしまっていたかもしれませんね…」
「弁慶さんは、優しい人だって、知ってます。酷いことをしているように見えることも、本当は何かを守ろうとしているんだってこと。あれもそうだったんだってわかってます。だけど、私も弁慶さんを助けたいし守りたいんです。弁慶さんを傷つけたくなくて自分に剣を向けるくらい」

しん、と二人の間にしばしの無言空間が生まれる。
そして二人は同時にくすくすと笑いだす。

「僕たちはお互い、背負い込む性で尽くすタイプなんでしょうね。さて、どちらのほうが愛が深いか…見ものですね」
「負けませんよ!弁慶さんがどこへ行ったって、時空を越えてでも追いかけちゃいますから」
「わかってますよ。どこにも行きませんよ。どこかへ行くならば、一緒に、でしょう?」

おわり。オチなし

※君を想う5つのお題
http://lyricalsilent.ame-zaiku.com/