ときめきに策略

「弁慶さんいきますよーっ」

えいっ、という掛け声と共に良い音がしてバドミントンの羽が宙に舞った。スカートとは思えない望美のキレのあるラケット捌きに苦笑するのは、白いコートを着たままの流麗な軍師。

「君とこうして遊びに興じられるなんて…熊野以来でしょうか」

弁慶は嬉しそうに微笑んでラケットを振るう。

「熊野って…」
「君と、宿の子と、九郎と景時とでかくれんぼをした時以来ですね。あの時はまたこんな風に遊ぶことが出来るなんて思いませんでしたよ」
「私もです」

何気ない会話をしながら、スパン!とラケットの網が良い音を響かせる。

「弁慶さん」
「なんですか?」
「はじめてなのにうまいですね!」
「ふふ、そうですか?君に褒めてもらえるなんて光栄です」

どうして弁慶と望美が源氏山公園でバドミントンをしているのか…
そのきっかけは景時だった。
景時が将臣に借りたというラケットで望美を誘い、同じようにここで遊んだのだそうだが、頼朝像に見られている気がしていまいち集中できなかったということと、望美が上手すぎて景時では役不足だった。
帰宅し、練習するからまた付き合ってねと景時が凹んでいる所を通りすがったのが弁慶だったのである。

「でも君みたいに強い一撃を打つことはまだ難しいですね。羽を落とさないことだけで精いっぱいです」
「いやそれだけでも凄いですって」

男女が街に出る様な格好で二人でバドミントンをしているというのは奇妙なものである。
しかも男の方はスーツで女の方はスカートでやっているのだから、校外学習に来ていたらしい小学生の集団やハイキングに来ていたらしい老人会から視線を集めてしまっていた。

「えいっ!…あ」

望美が打ったロケットがふわりと風に流される。
ことんと地に落ちた羽を拾い、弁慶は望美に歩み寄る。

「さて、そろそろお昼の時間ですね。帰らないとせっかく譲くんが作ってくれたお昼ご飯が冷めてしまいます」
「そうですね。また来ましょう、弁慶さん!」

望美は笑顔でロケットを受け取る。
ケースにロケットを仕舞うと、重いでしょうからと弁慶がラケットを奪い取っていく。
そんな二人の頭上をゆったりと鳶が滑空していた。

「この辺りは鳶が多いんですね」
「よく飛んでるんですよ。食べ物持ってると取られちゃったりするんです」

ほらあそこ、と望美が指さす先にはトンビ注意の張り紙があった。

「面白いですね。平地の方はあんなにも栄えているのに、山の方はこんなにも自然が豊かだ」
「鎌倉は自然が多くて有名なんですよ」

望美はガイドになったつもりで話し出す。

「あ、そうだ。ご飯食べた後買い物に行かなくちゃ」
「買い物なら昨日沢山したのでは?」
「それは譲くんちの分ね〜。自分のシャンプーがもうなくなりそうだから」

弁慶は何か閃いたらしいが顔には出さず平然と望美に提案する。

「望美さんの髪は長いのに絡みませんね。何か秘訣があるんですか?」
「秘訣…?う、うーん。リンスとコンディショナー使って、あと、寝癖直しを持ってるんですよ」
「寝癖直し…興味深いですね。僕もあちらでは被り物をしていたのであまり気にしなかったのですが、何かを被らないと髪が跳ねるのが気になってしまいます」
「じゃあ弁慶さんも一緒にシャンプー見に行きましょう!おすすめの寝癖直しも教えちゃいます」
「それは嬉しいですね。是非お願いします」

ふふふと笑って歩いていく二人だったが、望美はどうやったら弁慶の髪の毛をいじらせてもらえるかと考えてにやにやしており、弁慶も弁慶で望美と同じシャンプーを使ったらヒノエにいい牽制になるなと考えてにやにやしていた。
ちなみに、あの二人の関係はどんな関係なのだろうと奇異の目を浴びせられていることに望美はまったく気付いていなかったのであった。

※好都合な5つのお題
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