僕と彼女の一定距離

サラボナの街に着いたときに出会った彼女・フローラを人は白百合と呼ぶし、白薔薇とも女神とも呼ぶ。
それに対して僕は旅人さんだったり、良くてパパスさんの息子さんだ。
前者はともかく後者は僕自身の努力ではなくて父の栄光にすぎないから余計に何か心苦しい。
彼女は輝いているように見えた。僕はその影のように思えた。

夕方、ルドマンさんの家の裏庭を通ると、フローラが犬のリリアンを抱きしめて空を見上げていた。
物思いに耽った寂しげな表情で空と塔とを見比べてみたり、ため息をついて椅子に腰を下ろしたりしている。
また立ち上がって足を伸ばして、頭を左右に振ったりして、ため息をつく。

僕の視線に気付いたのか彼女は振り返って
「リュカさん」
と、顔を赤くした。
「いつから見てらしたの、恥ずかしいですわ」

「ついいま通りかかったところです、お気になさらず」

僕はパパスの息子。彼女はルドマンの娘。
親同士が親しかったからこそこうして話をすることができるのだ、父に感謝しなくてはならない。

「どうしたんですか、空みたりため息ついたり」
「…」
フローラは一瞬戸惑って、ためらいがちに口を開いた。
「懐かしいはずのサラボナなのに、嬉しいはずなのに嬉しくないんですわ。
私が居たのは子供の頃ですから…この年でこの格好で同じことをするわけにはいきませんもの、まったく別の街に思えて」

なるほど寂しそうに見えたのはそういうことだったのか。

「私、こう見えて結構おてんばでしたのよ」
フローラは僕に話しながら楽しそうに笑った。
「お父様の作った物見の塔に登ったり、庭で動物を追いかけて遊んだり。
じっと椅子に座ってお人形を抱えてるなんてお客様が来たときだけでしたわ。
この裏庭はサラボナの人は使いませんから、思う存分自由に出来たんですの」

裏庭はサラボナの町からはちょうど反対側、ルドマン家の敷地を通らなければ入ることが出来ないプライベートガーデンだ。
僕はルドマンさんの好意で家に自由に入ることが出来るし、毎日のようにルドマンさんと世界の国や街の話をしているから通ることがある。

「私ったら、何を話してしまっているのかしら。
リュカさんにはまったく関係ない話でしたのに、ごめんなさい」
「いえ、ぜんぜん構いません。
僕も昔、サンタローズに住んでいた頃一人で洞窟に遊びに行って父に怒られたりしました」

フローラが微笑むと花が咲くようだと誰かが言っていたっけ。
僕には太陽が雲の間から出たかのように感じられるよ。

「不思議な人、リュカさん…。
あなたの目を見ていると何でも話したくなってしまうわ」

言葉だけ聞けば困っているかのようなのに本人はちっとも困っているような様子ではない。
フローラが目を細める。

「お茶を持ってきますわ、少しお話しませんこと?」
「僕でよければ、喜んで」

こうして僕とフローラのティータイムは始まった。
彼女の花婿探しをルドマンさんが大々的に告知する日まで、毎日二人でたわいもない話をして日が暮れるまで過ごしていたのだった。
僕は男ではなく、フローラの話し相手として。
フローラが唯一気兼ねなく話せる相手として、愚痴に付き合ったり下らない話をしたり。
少しでも彼女の寂しさや悲しさを癒せたらと。
彼女は僕の手の届かない人だけれど、力になってあげたかったんだ…