新世界のオルゴール12

イザとミレーユがレイドック王に伺いを立てにいく前日のことである。
二人はゼニス王の城の一件の後、ガンディーノを訪れていた。
ミレーユは恥ずかしがったが、イザがあえて手をつなぐことを提案したので、二人はガンディーノを手をつないで歩いていた。

その様子を見たギンドロ組の組員がシェリスタに報告を入れると、シェリスタが紅茶がなみなみと入った高級なティーカップを机に叩きつけて立ち上がり、あたしにも見せろ連れて行け邪魔をしてやると騒いだことを二人は知らない。

それはさておき、イザはガンディーノを訪れるたびにミレーユを守りたいと強く感じるのであった。
昔のこととはいえ、整理はできているとはいえ、まだ街を歩くミレーユは緊張している。
時折声をかけると普通に返事はあるものの、やはり普段よりは喋らない。

ガンディーノは、花の街って別名があるのよ。人は明るくなかったけど、花だけは明るかったわ。私は、家と、そこだけは好きだったわ」

二人の前を、元気良く男の子と女の子が走り抜けていく。
騒ぎあい、楽しそうに無邪気に走り回る幼子を見て、ミレーユは顔をほころばせた。

「子供が気にせずに走り回れる街になったのね。ガンディーノはかわったわ。…あたしもかわらなくちゃなのに」
「無理して変わる必要なんてないさ。そのときになれば変わるよ」
「ほんと」ミレーユはイザを小突いた。「イザって楽天家よね」
「頭を使うより手足を使う農作業が基本なもんでね」
「うそつき王子様」
「だって、ライフコッドのイザだった頃の記憶のほうが後に来てるから濃いんだ」
「ゼニス王も罪だわ、夢のプレゼントといいつつ人格矯正してるようなものじゃない?」

ミレーユはガンディーノに居ると発言自体がネガティブになる。
今日はケリをつけにきたのだ、このガンディーノに。

「…いきましょ、お城に」

イザはミレーユの手を硬く握り締めた。


城を訪れるとあの若い王は非常に喜んだが、皇太后に会いたいというと目を真ん丸くして驚いた。
それもそうだ、息子が塔に幽閉している位なのである。
どうしてまた母に会いたいとおっしゃるのです、と王が尋ねるのでミレーユは、

「私の運命をかえた人に会ってみたい、それだけです」

と短く述べて口をつぐんだ。


西の塔の豪華な一室の前には、暇そうに立っている兵士が居た。
事情を話すと、部屋の鍵を開けて通してくれることになったが、
「まだご自分が統治してると思ってらっしゃるので、ご機嫌を伺ってから入ってください」
と兵士は小声でイザたちを諭した。

「皇太后様、お聞きしたいお話があるのですが」
イザがそうたずねると、
「今は暇じゃ。入るがよい」
しっかりとした声で返事があり、ミレーユが一瞬びくりと震えた。

イザはミレーユを連れて中に入って頭を下げた。
太后は年こそ取っているものの背筋はぴんとしており、古風だがドレスの着こなしは一流であった。
身に纏う衣装や部屋の装飾品のどれもがガンディーノにおいては最高級のように見受けられる。ギンドロの屋敷に少し雰囲気が似ていた。

イザが皇太后に前の王についてのことを尋ねると、皇太后はひとしきり王の若かりし頃のかっこよさについて語った。
そして、ふと口を閉ざすと、次に口を開いたときには女に目がないことについて話し出した。
太后はこう締めた。しかし結局はわらわが一番じゃ、と。

ミレーユは話を聞きながら、客観的に皇太后を見ているらしかった。
昔に生きて、必死で王の寵愛を逃すまいとした正妃の姿を、やり方は正しかったとは言えないけれども、失いそうなものを…いや既に失っていたのかもしれないものを求める女の姿を。

ガンディーノは花の街」

太后は初めて微笑んだ。

「わらわが嫁いできたとき、ガンディーノの城と街はとても暗く、全体が灰色じゃった。
わらわは、このガンディーノを花の街にすると決めたのじゃ。
実家のある町から色とりどりの花を取り寄せて植えさせて、領地拡大に熱心な陛下がガンディーノに目を向けてくださるようにと…。
…今は花がいっぱい咲いておろう、わらわの大切なものは、この花の咲くガンディーノ、陛下がお帰りになるまで、花を枯らしてはならないのじゃ」

イザは胸が痛くなった。
そうか、皇太后は王が亡くなったことを知らない…いや、認めていないんだ。
悲しいことに花の街でもあったが、別の意味でも花の街であった。
公的な売春・身売りが行われていたのだから。

礼を述べて二人は部屋を後にした。
部屋を出て、鍵をかけてもらい、階段を上り始めるとミレーユが口を開いた。

「あたし、皇太后もちょっとは変わってるかなと期待してたわ。
全然変わってなかった、そうよね、人って変わらないわよね…。
言っちゃ悪いけど、あんな人にも真っ当な信念があった、少なくともそこはあたしも好きなところだったわ」

なんだか悔しい、とミレーユは唇をかんだ。

「ずっと避けてた昔のことと向き合って…色々諦めがついたかもしれない」