ひまわりの魔法
けだるい暑さの中、イザたちは馬車の旅を続けていた。
ところどころに見える白い雲は綿菓子のようにやわらかくふっくらとしており、青い空は澄んでいて美しく、夏における理想の姿をしていた。
馬車の御者台に座ったイザとミレーユは、たわいもないお喋りをしながら、頭から被った布で汗を拭く。
「暑いなあ」
イザは困ったように、しかし楽しそうに言う。
「ライフコッドは山だからこんなに暑くなかった」
「あの場所は世界の中でもかなり高い所にあると思うわ」
「そっか、だからランドのやつ、この間レイドックに避暑地ライフコッドがなんとかって売り出してたのか」
流石、ランドは商才が有る。イザは故郷を思い出して笑った。
その様子をミレーユはなんともいえない顔で見つめていた。
「ん、どうかした?」
「いえ、なんでもない。ちょっと思い出しただけ」
ミレーユの言う「なんでもない、思い出しただけ」は触れて欲しくないもしくは触れてはいけない話だと、
イザは最近わかってきていたので突っ込まないことにした。
「あら、あんなところにひまわりがあるわ」
いままで下草しか生えていなかった地味な広い草原にぽつんと、黄色い花が咲いている。
のびのびと太陽の光を全身に浴び、太陽を見つめて空を仰いでいる。
「いままでなんにもなかったのに、珍しい」
「ひまわりじゃ、な」
イザは残念そうに言った。
「一本とってくるってわけにいかないよなぁ」
「そうね、とってしまったらかわいそうだわ」
ミレーユがくすくすと笑う。
「なんだよ、なんかおかしい?」
「あなた、花をとってくるような人だったかしら」
「え?」
イザは顔を赤らめ、ミレーユを直視できずに目をそらした。
ターニアがよく言っていたのだ、好きな女性には花を贈るものだと。
花束である必要はなく、一輪のほうが自然で美しいこともあると。
ターニアは花に詳しかった。
「馬車に庭があったらひまわり植えるのにな」
イザが惜しそうにつぶやくと、ミレーユはやはり驚いて、
「そんなにひまわりが好き?」
と返してくる。
「ひまわりって、元気になれる花なんだって聞いたんだ」
そうイザは返したが、ミレーユは明らかに疑いを含んだ視線で見つめてくる。
「そういうことにしておいてあげるわ」
イザはそっぽを向いた。
ターニアが教えてくれたのはひまわりの花言葉、「あなただけを見つめている」「あこがれ」だ。
好きでまっすぐ見つめられない太陽を、ひまわりならずっとまっすぐ見つめて追いかけてくれるんだから…
ターニアはロマンチックに語っていた。
「俺もひまわりみたいになりたいなあ」
ミレーユが、熱でもあるんじゃないの、と額に手を伸ばしてきてどきっとする。
逃げようと腰を浮かせるとバランスを崩してよろけてしまい、やはりミレーユに捕まえられた。
つかまれているところを意識してますます熱を上げながら、
いつ額から手を離してくれるかと、いや離してくれるなと、イザはぼんやりと悩んでいた。
そんなイザの様子を見ながら、ミレーユは手元にあった水筒を開けて口に水を含んだ。
ぱっとイザの口を上に開けさせ、水を流し込む。
「しゃきっとして頂戴、あたしのひまわりさん」
太陽を背に背負っていたずらに笑うミレーユは、何をされたのか頭が理解できず真っ赤になるイザの頬をつねり、額を指でピン、とはじいた。