新世界のオルゴール11

ある日のレイドック城、王の間をイザとミレーユが訪れていた。
彼らの前に座るのは無論、国王夫妻である。
初老の国王とそれより少々若めの王妃は神妙な顔をした息子を見て不思議そうに声をかけた。

「なんじゃ、どうした。そんな顔をして」
「お父さん、お母さん」

イザは深呼吸をした。

「俺は、ミレーユと結婚したいと思いますが、どうでしょうか」
「なんじゃと!」

勢いよく立ち上がった王はマントの裾を踏みつけて前につんのめった。
慌てて王妃が王を支え、王は額に手をやりながら王座に座りなおした。

「息子よ、わしの息子だからこそ勢いよく行動するのはよくわかる。
しかし早すぎやしないか?
おぬしの準備はよくとも相手のほうはどうなのじゃ、考えたか?
大丈夫なのか?」
「あなた…それはイザじゃなくあなたのことでございましょ」

王妃は苦笑し、前に立つ二人に微笑んだ。

「わたしは反対しません。
イザ、あなたが決めることに迷いはないと思っています。
母さんは信じていますから」
「しかしな、シェーラ。いくらなんでも早すぎるのではないか?ん?
ミレーユのことは心配はしておらんが、その」
「自分の息子を信じられないんですの?困った父親ですね」
「シェーラ!」
「早すぎるとはいいますけれど、それは歴代レイドック王においてあなたが遅すぎただけではなくって?」
「うっ」

国王は若い妻に言いくるめられて言葉に詰まってしまった。


そういった様子を窓の外から伺っている影がちらりとだけ見えた。
昼間だというのに黒いマントを身に着けて、驚くほど気配を消しておりカラスのよう、この豪奢な城には相応しくないその姿はまさしく祝賀会の夜にテリーに警告を突きつけた男であった。

レイドックは世界の中心となる」

男はばさり、とマントを翻した。
黒いマントの内側は不思議な編み方で青い糸を絡ませた裏地がついており、裏地はいくつも先が分かれていて、ツバメの羽のように先にいくほど細く作られていた。見た目よりも頑丈そうで、つるんとした素材が太陽の光を浴びて嬉しそうに輝く。
斜塔の上から男は飛び降りた。
カラスのように広がった黒いマントは青い裏地にひっくり返され、みえなくなる。青い裏地は風のように男を滑空させ、レイドック城の裏庭へと導いた。
ふわりと地面に着くと、青は黒に隠れた。
まるでその存在を忘れてくれと言うように。

「神々は待っている、竜を目覚めさせる音を。
そして、新世界の誕生の瞬間を。
だがよいのかそれで、運命に翻弄されてよいのか?
自分自身がこうしていることさえ運命に決められていることで自分の意思ではないのかもしれない、と思う恐ろしさは知っているだろう?」

男の問いに答える者はいない。
ただそこにたたずむのは長旅を終えて休んでいる大きな馬車だけだ。

「運命の流れは大きくかえるのは難しい。
変えたいと思う強い願望、嫉妬や欲望に近い願望がなければ穴は開かないものだ。
神だけではない、私も待っている。
貴様ら神々の都合のいいあらすじに穴を開け泥を塗る機会をな…」

そう言って、男は口を閉ざした。