新世界のオルゴール13

ミレーユを縛っていた想いは、少し呪いめいていたとイザは感じていた。
一人では歩くのに勇気が要るガンディーノを二人で歩くことで、ミレーユを縛る呪いめいた想いが減っていけばと願っていた。

諦めがついたかもしれない、自嘲気味に呟いたミレーユの横顔をイザは見つめた。
細く長い睫毛が小さな涙の玉をはじき、ぱちぱちと上下する。
流れるミレーユの涙をイザは無言で拭った。
ミレーユは押し殺した声で低く言う。

「自分がかわいそう、だなんて本当は思いたくなんてないわ。
それって何かに負けてるってことだもの、でも本当は思いたかった」
「俺は」

イザは優しくミレーユの頭を撫で、胸に引き寄せた。

「つらいときはつらかったねって言われたいし、泣きたいときは泣けばいいって思う。そのほうがすっきりする」
「…イザって、本当に素直ね。誰よりも子供みたいなのに、誰よりも大人みたい…」

ミレーユは少し力を抜いたようだ。イザは自分にもたれかかってくる少しの重みを感じながら、金色の髪を手で梳いた。

「わかってるの。それでも…それでもうまくいかない」
「俺は知ってるよ、ミレーユは色々辛い思いをして、頑張ってきたってこと。
強がりで、平気って嘘ついて青白い顔でいたこともあっただろ。
もっと俺を頼っていいのに」

ミレーユは答えず、話をかえた。

「おばあちゃんに助けられたとき、夢占いの力で困ってる人の役に立てたら、どんなに嬉しいことだろうって思ったわ。
ただの占いとは違う、夢占いは先のことを見てアドバイスするの。
迷っているその人に光をさしてあげる。
一人で生きていく強さを得るために入る魔法使いギルドとは違うわ。
自分のことは占えない、けど、他の人の迷いを減らしてあげることが、自分のためにもなるんじゃないかって思うの」

イザは思う。ミレーユは大体結論まで考えてから話すし相談する。
きっとグランマーズに弟子入りして夢占い師になりたいと言うのだとすぐわかった。

「ミレーユは、辛さとか苦しさを知ってるからいい占い師になると思う。
俺なんか結構ぱーっときちゃったし、いつも勢いでつい行動して…」
「でもあなたは、運は最高だと思うわよ」

あたしと正反対ね、とミレーユは笑った。

「ミレーユにはほんとにお世話になってるもんなあ…。
財布から食事から…バイキルトまで」

流石にこっ恥ずかしく、最高の運はミレーユに会えた事だなどとは口が裂けてもイザには言えなかった。

「だから、辛いときくらい、泣いてもいいんだ。
あ、泣いてるところをみられたくないなら俺が隠すから」

ミレーユの目からつーっと涙の筋が流れた。
彼女は自分の涙に気付いたらしい、下を向いて上品に目元を拭い、顔を上げて温かく微笑んだ。

「ありがと」

それから、二人はガンディーノのあちこちを回った。
ミレーユが希望する場所へ、イザはどこでも付き添った。
涙ぐんだときは抱きしめて、懐かしんだときは同意して、
二人はキンモクセイの温かい匂いが流れてくるまで昔のガンディーノに浸っていた。