新世界のオルゴール続き2

本家連載のつづき-----

イザ達はゼニス王に仕える一人の兵士に連れられて城の廊下を歩いていた。兵士はどうぞと言って、ドアの横に立った。
「あなたがたが開けてください」
ここまで案内してきた割にドアは開けないのかと不思議に思いつつも、誰が開けるかと迷っていると
「俺が開ける」
テリーが名乗りを上げた。
「いいだろ」
「ああ」
ミレーユの手はイザの手をこれでもかというほどに握り締めていた。額のサークレットが迷いを戒めているのだろうか、チカチカと光っている。
「ミレーユさん、迷う必要はありません。もっと堂々となさっていいはずです」
チャモロが静かにやさしく話しかけた。
「そうね…わかってるんだけど、できないものなの」
ミレーユは苦笑して髪を掻きあげた。

木のドアを開けると、正面には暖炉があった。
誰もいないかと思ったが、中の部屋は意外と広いらしく、一歩踏み出したテリーは息を呑んで思わず立ち止まった。
「よくぞここまでたどり着いた」
低いバリトンの声が響いた。
「うわっ、なんて美声」
と、バーバラは頬に手を当てたが、部屋を覗いて目を丸くした。
「我々に驚くのは仕方がないが、そこは狭い。早く入ってはくれないか」
「ああ…」

順番に部屋に入ったテリーたちは横一列に並んだまま、声の主とその向かいに座った者を見つめていた。
低く美しい声を発しているのは青い体に紫の髪と髭がもっさりと生えた魔人だった。黄金の角が2本、頭から生えている。下半身と爪は馬のようで尻尾もある。そして蝙蝠のような翼が生えていた。
「我が名はフランボワヤン、君たちは知らないかもしれないがヘルバトラーという種類の半獣魔人だ。こちらは、リディア、有翼族と人間のハーフだ」
向かいに座った人物は、一見人間のように見えた。色素は薄いが肌色の顔、瞳の色は片方ずつ違った。空のような蒼と花びらの色のような紫の目だ。金色の髪は静電気を帯びてふわふわと浮いている。白い布を巻きつけるように身に着けた女性の背中からは白い大きな翼が生えていた。
「…真実を知らせなければいけないときがきてしまったのですね」
女性は悲しげに微笑んでいた。その場の誰もが、その自嘲気味の悲しげな微笑みに見覚えがあった。
「あんたたちは」
テリーが感情を殺した声で静かにたずねる。
「俺たちの本当の親なのか?」
「そうです」
「なぜ俺たちの親がゼニス王の城に居るんだ!?ねえさんがガンディーノの城に出されたときも、俺がデュランに取り込まれたときも、何もしなかったっていうのか!?」
抑えきれなくて熱くなるテリーを魔人がたしなめた。
「我々はいつも君たちを見ていた」
魔人が手をかざすと、机の上に水晶球が姿を現した。魔人は水晶に両手をかざし、何かを唱える。ミレーユはあっと驚いた声をあげる。魔人が唱えた言葉はグランマーズが使っている魔法と同じだったのだ。水晶にはガンディーノが映し出されていた。
「しかし、我々には何もすることは許されなかった。それが神々との取引だったのだ」
イザがたずねる。
「それについてゼニス王はよく教えてくれなかったんですけど、つまるとこどういうことなんです。神様たちもカルベローナの人たちも似てるけど、なんか考えて自分で理解しろみたいな感じじゃないか。んでも俺にはさっぱりわからなくて困ってます」
イザの素直な言葉に、魔人と女性は緊張した顔を解した。
「すまなかった、難しい世界に居ると何かと遠まわしに伝えようとしてしまうもので」
「ほんとすいません」
「いや、いいんだ」

「…私がこの城に来た頃の話をしましょう」
女性が立ち上がった。
「私は物心ついた頃にはグレイス城の近くの森でひっそりと暮らしておりました。ある日、グレイス城を不気味な雲が包み込んだかと思ったら、大地が大きく揺れ、城から大きな爆発が起こったのです。城の中から発せられた強烈な雷で城の人はみな死んでしまいました。そして城を包み込んでいた雲がすごい速さでグレイス島全体に散っていき、島全体をボロボロにしていったのです」
「オルゴーの鎧のあれだ…!」
イザたちは顔を見合わせた。
「私も気を失ってしまい、目が覚めたときには森の木は折れていたし、近くには毒の沼が広がっていました。そしてグレイス島にはそれ以来凶暴なモンスターが増えてしまい、私も何度危険な目にあったかわかりません。もうこの島を出ようと私は決心し、東へ東へと飛んでいきました。けれど、どこもモンスターが増えていました。かといってこの姿では人の住む街では暮らせません。人の住む街をひとつ越え、大きな崖を越えたころ、広くて美しい草原の中にひとつほこらが建っているのが見えて、そこで休ませてもらおうとほこらの中で寝たのです。」
女性は目を閉じた。
「驚いたことに、目を覚ますとこの城の庭で寝ていたのです。私はそれ以来この城にお世話になっているのです」
「寝ている間に夢の世界に来てしまった?確かにあの四つの武具のほこらは境界が薄いところでもある」
「そんな私に優しく色々と教えてくれたのがフランなのです。フランもこの城では異常な存在ですから」
女性が魔人を振り返る。その視線は温かかった。

「私は、昔は一介のモンスターとして私よりも上級の魔族の命令を実行するという生活をしていた。しかし、ある日ダーマ神殿から来たという魔物使いに会い、彼の話を聞くうちに世界を見てみたくなってついていったのだ。彼自身はそう強くなかったが、彼は非常に広い心を持っていた。魔物であろうといいやつはいるんだと彼はいつも言っていた…。彼は老い、出身国に帰ると言って私と別れた。彼の名はセバス、少年の心を持った青年だった」
「セバス…!?」
魔人は続けた。
「その後、ダーマ神殿という場所を探して世界を旅した。私も彼のように役に立つ職業に就こうと。しかし、見つけることが出来たのはもはや荒廃した神殿の跡だけ。ある日、セバスと旅をした中でも海の上に険しい山に囲まれた島があったことを思い出した。その島の外からでも、島の中にあるらしい高い塔が見えていた。不思議とそこへ行ってみたくなり、色々な手を尽くしたがあの山を越える事はできなかった。それでも崖のような山を登っていたが、私はついに手を離してしまい、海に投げ出された。遠のく意識の中、美しい女神が現れて話しかけてきた。心清き者よ、まだ死んではなりませんと。女神はルビスと名乗った。彼女は私をここに連れてきて、魔族と人間の融和の道を後の世に残して欲しいと言ったのだ。
しばらくした後、リディアがやってきた。私とリディアは人間ではないが人間に近い存在、そしてお互い神に命を救われた身。神々がゼニス王の城に居る我々に目をつけるのも無理はない。これほど好都合な駒はないだろうからな」
ハッサンが口を挟んだ。
「それがさっきゼニス王が言ってた、計画ってぇやつか…」
「そうだ。私はともかく、リディアは不安で不安でしょうがなかったようだ」
「当たり前のことです」
珍しく強い口調で女性が言う。
「神々は言いました。生まれた子供が目覚めた魔性を少しでも持っていれば実験の価値があると」
「まった、まった、難しい。もうちょっと説明してください」
イザが手を挙げたので、女性ははっと我にかえった。
「私とフランに子供が出来れば、魔族と人間と有翼人の血を引いていることになります。私やフランはその特異性から人の世界になじむことが出来なかったけれども、生まれた子が特異でありながらも最初から人の中で育てばどちらも理解できる者となり得るのではないかと神々は思ったのです」
「最初から人の中で育てばってことは」
バーバラがおそるおそる聞く。
「生まれた子供が特別なら取り上げられちゃうってこと?」
「そうです。…ミレーユが生まれたとき、私はほっとしたのです。ミレーユは本当に人間のようでした。翼もなく、魔族らしくもなく。持って生まれた魔法の才能はフランに似て人間の領域を出ていたかもしれませんが、このとき魔性は見えなかったのです。数年間、私とフランとミレーユはこの部屋で幸せに暮らしていました。その数年後、テリーが生まれたとき、神もフランもわかったようでした。この子は身に魔性を宿していると」
「『魔性』がなんのことを指すのかさっぱりわからないな。俺はこうして普通に生きている。フン、それともある日急にこの皮を剥いでバケモノになるとでも言うのか?」
フランが答える。
「魔族とは、自然の生き物に魔法が影響して特殊な進化を遂げたものを言う。特殊な進化を遂げたがゆえに、生まれながらにして魔法を使うものや火を吹くものも居る。魔性は魔法の強さに引かれる属性のことだ。魔族が上の者に従ってしまうのは上の魔族ほど遺伝子に組み込まれた魔法の影響力が強いからだ。自然の生き物は魔性を持たないから、魔法の影響力の違いで上下を決めることはないし、単なる魔法の影響力で暴れることもない」
「テリーは生まれながらに魔性に目覚めていました。神々やフランには、テリーは人間離れした体力、素早さ、優れた魔力を持つ戦士になるだろうとわかっていました。やっと言葉を話せるようになったばかりのミレーユとまだ歯も生えていないテリーを地上に送り出すという神々に私たちは抵抗しました。しかし、私たちはただの創造物、相手は神、かなうわけがありません。泣く私たちに神々は成長を見守るようにと水晶球を授けました。それ以来私たちはずっとあなたたちを見守ってきました…。ミレーユがシェリスタをかばって蛇と戦ったとき、ムドーにナイフをつき立てようとしたとき、魔性が目覚めたことを知りました。でもあなたたちは、魔の力に飲み込まれず自分の力にしてデスタムーアを倒してくれました…。本当に、本当に強くなって…。私たちが思ってたよりずっと強くて…」
女性の目から涙が零れ落ちた。
「ごめんなさい、なにもできなくて、なにもできなくてごめんなさい…。いままで本当にごめんなさい。でも、私たちのことは忘れてください。あなたたちの父はジャームッシュ、母はマルタ。あなたたちは人間なのです…!」
ミレーユがイザの手を離し、テリーの腕をつかんで前に出た。
「私たちの父はジャームッシュ、母はマルタです。人間として育ってきました。でも時々、頭が痛むんです。ギルドのサークレットがこうしなさいと縛ってくるから忘れていたけれど、本当の自分に向き合うのが怖かった。自分は自分じゃなくなってしまうかも、そう思ってきました。…今日、私はここに来て良かったと思っています、私を生んだひとたちも沢山怖い思いをして、今まで何も知らない私たちをもどかしい気持ちをずっと見つめていたんだって気付いてよかったって」
「哲学好きなねえさんが気にしすぎなだけだろ…ぐあっ」
テリーのそっけない言葉に、バーバラが肘鉄を食らわせた。
女性はミレーユとテリーの手をとった。
「ああ神様、もう一度この子たちに触れることが叶うなんて」
涙に濡れた頬を魔人の手がぬぐった。
「魔性を封じ込めなかったテリーのほうが悩まなかったようだな。ミレーユももう、サークレットの縛りは必要あるまい」
魔人の指から青い光が走ったかと思うと、パキンと何かが壊れる音がした。ミレーユは首を回したり振り返ったり頭を触ったりしたが特に何も変わった様子はなく、首をかしげた。
「今から、以前君が避けていた冷酷な君も本当に君の一部になった。魔性と向き合い、より良く生きるんだぞ…」
女性は、神様はいつ新世界に旅立つと言ったかと尋ねてきたが、イザが本人たちでなくても血を継ぐものなら良いと言ったと答えると複雑そうな顔をした。
「今は救いに聞こえるかもしれません。でも、自分の子を送り出すと言うのはとても苦しいことですわ。よく考えてください」

ゼニス城に一泊することになったイザたち一行は、世にも奇妙な料理を食べ、謎の葉っぱが詰まった布団に横になった。イザが夜中に目を覚ますと、ミレーユが椅子に座って外を眺めていた。
「寝れないの?」
「おきちゃった?」
外に行きましょ、とミレーユは言う。

イザとミレーユは二人並んで城のバルコニーに立っていた。
しばらく沈黙があった後、ミレーユは口を開いた。
「もし、自分の子供に新世界に行かせることになるならって考えちゃうといっそ自分が行ったほうがいいのかなって思っちゃうの」
閉じた目蓋から涙が零れ落ちる。
「勝手じゃない、わたしが行きたくないから子供に行けっていうのは」
「それは、ほんとにミレーユが思ってること?ほんとはわがままいってでもこっちの世界に残りたいとか思ってたりしないか?」
イザの問いに、ミレーユは額を押さえた。
「…はぁ、いけない癖だわ。サークレットがもう言ってこないもんだから、自分で自分に言い聞かせちゃってる。ええそうよ、本当は残りたいわ、イザの側に居たいわ」
イザはミレーユが素直に告白してきたので一瞬驚いたが、照れた顔をごまかすように笑った。
「それに、ミレーユは行きたくないかもしれないけどさ、いつか誰か自分から行きたいって思う人も出てくるかもしれないよ。うちの父さんみたいに。城に居てもいいはずなのに自分でムドーを倒しに行ってみたりとかさ」
「それはありえるかもしれないけど…」
「けど、って言ったら始まらないさ。それとも、ミレーユは俺をおいて別の世界に言っちゃうのか」
「いやよそんなの」
イザをターニアちゃんにとられちゃったらと思うと…とミレーユは小さくつぶやいたが、夜風がびゅうっと吹いたのでイザには聞き取れなかった。
「え、なんか言った?」
「言ってない、言ってないわ」
ミレーユはイザの腕にほっそりとした手を乗せた。イザの胸に体を預けて、顔を見上げる。
「ねえ…、私がいかないってことは…」
「な、なに?」
イザにはミレーユの唇が妙に妖しく感じた。
「…言ってもいい?」
「何を…?」
「…やだ、わかってくるくせに」
「…」
ミレーユの腕がイザの背中に回される。イザはミレーユにぴったりと体をくっつけられて顔を赤くした。
「イザ、大好き…」
何を言うのかと思ったがそっちだったか、とイザは心の準備をしたことを少し後悔しつつ、サークレットの縛りがなくなったせいか妙に積極的になったミレーユをますます愛しく思ったのであった。