80話その後、蛍視点で(前編)

※「どっちの部屋にする?」とかの後です。珍しく甘さ4割り増しな気分で頑張ってみました。


「部長ってホント素直じゃないんだから…人のコトとやかく言えませんヨ」
「自分からいやらしい意味も含みますとか言った奴が今頃逃げ腰でどうするっ…」

顔を合わせないようにぶつくさ言いながら玄関をくぐった。左手で鍵をかけようとしたとき、伸びてきた部長の手がこちらの手ごとドアノブを握った。

「あ…」
「…っ、じゃ雨宮閉めて…!」

ぱっと手を離して後ろを向く部長に何か妙な親近感を覚えて、鍵を閉めた後、不意に重なってしまった感触を思い出してドキドキした。握った手が、右手が熱い。今までこの人と手を取ることがあったとしてもこんなに熱く感じたことがあっただろうか。つかまれた手を、握り返したのは自分なわけで、それをしている相手が高野部長って思うだけで頭が真っ白になりそうだ。
そんな風に一人惚気ていると、ふと立ち止まった部長が急に仕事モードのような落ち着いた声で呟いた。

「…というかキミの部屋はおそらく二人も入れないよな」
「しっ失礼なそれくらいはっ」

部長が近距離で振り返った。

「だってキミの部屋のベッド、二人で寝れるスペースあるの?」
「っぶ!!!」

まずい、今絶対に顔が赤い。というかもう赤いとかいうレベルじゃない。完全に茹ってる。顔を抑えようにも繋いだ右手ごと引き寄せられて、顔を上げると目の前に困ったような当人の顔があった。

「キスまでなの?…それで今夜終わり?」
(ちょっ、「なの?」とか「終わり?」とかっ!部長のくせにっ!)

結婚が急に決まって以来語尾が甘くなって、言われるこっちが恥ずかしい!

「無理にチャレンジしなくたって、いいですよっ!!」
「こういうのは勢いが大事だろうっ、何も無くてオレが誘うとか誘い辛いじゃないかっ。それともキミが誘ってくれるのか?ん?」
「誘うって、………いあいあいあ?!」

ふっと笑った部長が空いた手でこちらの髪を撫でる。

「ほんと、お互いこういうのはジョーカー事だな…」

部長も戸惑ってるんだ。男はどうでもいいプライドで92%が出来ているといっていたし、なるべく余裕があるように、スマートに決めたいという態度が見え隠れする。

「部長が、こういうの不器用なことくらい知ってます…」
「そうだよな。ずっと暮らしてきたんだし、見栄張る必要もなかったのに…今更だった。雨宮とはいえこういうことすると思うと上手くやろうと思っちゃってだな」

また一人で納得して廊下を歩いていく。マコトくんもだけど男ってそういうもんなんだろうか…?!と思いつつ手を引かれて後をついていった。